これは私が学生時代に実際に経験したエピソードで、 同窓生の間ではかなり有名な逸話です。 あまりにもインパクトが強い話なので、 同窓生だけで独占するのはもったいないと思い、 ここに公開することにしました。
今は昔、私は北関東にある某大学の寮に住んでいました。 大学寮と言っても、小説や漫画に出てくるような木造一戸建ではなく、 団地のような建物が30棟前後立ち並び、 全部で数百人の学生が住んでいるという大規模なものです。 当然、学生が寝泊まりする建物の他に、 事務室・売店・食堂・浴場などの入った共用棟が併設されていました。 学生は全国から集まって来ていましたが、 共用棟で働いているのは地元の人達でした。 この人達の話す言葉にはかなり強い訛りがあるのですが、 困ったことに彼らはみな、自分達が標準語を話していると信じており、 そのため学生はいつも意志の疎通に苦労していました。
さて、私がある日大学から帰ってくると、 その共用棟の搬入口前に見慣れない車がこれ見よがしに停まっていました。 日産フェアレディZ、しかも色はメタリックのワインレッドというしろものです。 あんな色のフェアレディZを見たことなどは前にも後にもそれっきりなので、 多分特注で塗装したのでしょう。 寮の駐車場では、こんな派手な車はついぞ見たことがありませんし、 寮生ならば共用棟搬入口前は駐車禁止であることを知っているはずですから、 外部の人間が友人に会いに来たとか、そんなところだと思われます。
おそらく持ち主にとってこの車は、相当の自慢の種なのでしょう。 が、いくら自慢の車でも停めてあるところがよくありません。 こんなところに停めていれば、放送で呼び出されるのは必須です。 実際、物品搬入口を塞いでいる車を移動させるよう、 事務所のおじさんが放送を入れるのはよくあることでした。
予想にたがわず、私が自分の部屋に着くとすぐに放送がありました。
ぴん・ぽん・ぱん・ぽ〜ん ガチャ、ゴソゴソ、ドコッ ガリ、ガリガリ …(シーン)…
毎日放送しているくせに、相変わらず手際の悪いおじさんです。
… ゴソゴソ ぴん・ぽん・ぱん・ぽ〜ん あ゛〜、あ゛〜 ぐるば(車)のえどー(移動)をおねがえ(お願い)します。 ぐるばのえどーをおねがえします。 共用棟裏に駐車している
さつまいも色の へあれでー おつ(乙)
さつまいも色の へあれでー おつ
至急、ぐるばをえどーして下さい。繰り返します。
さつまいも色の へあれでー おつ
さつまいも色の へあれでー おつ
大至急、ぐるばをえどーして下さい。以上。ごほん。
ガリ、ガリガリ、ピィィイイ〜〜〜、ブツッ
一瞬の沈黙の後、 私の耳には隣の部屋で笑いころげている二人組の声が、 薄い壁を通して届いていたのでした。 またそういう私自身もベッドの上で腹を押え、 呼吸困難をおこしかけていました。
なお、その後しばらくの間、 寮生の間で紫色のことを 「さつまいも色」と言うのが流行したことは言うまでもありません。